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名古屋家庭裁判所 平成6年(家)787号 審判

申立人 松岡百恵

遺言執行者 水野勉

遺言者 水野佐平次

主文

本件申立を却下する。

理由

1  申立の要旨

(1)  申立人は遺言者の二女であり、相続人である。

(2)  遺言者は、名古屋法務局所属公証人○○作成昭和62年第××号遺言公正証書(以下「本件遺言」という)により、遺言者の長男である水野勉を遺言執行者に指定し、水野勉は遺言執行者に就職した。

(3)  しかるに、水野勉は、相続財産の目録を調製してこれを相続人に交付しなければならないのに(民法1011条1項)、これを怠り、また、相続人に対して、その事務処理の状況について報告する義務があるのに、一切報告しない(民法1012条2項、645条)。したがって水野勉の解任を求める。

2  当裁判所の判断

本件記録によれば、上記1、(1)及び(2)(但し、水野勉が遺言執行者に就職したとの点を除く)の事実を認めることができるほか、次の事実を認めることができる。

(1)  本件遺言の要旨は、次のとおりである。

ア  遺言者が所有する財産全部(名古屋市○○×丁目×番の×、宅地333.88m2。同所×番地、家屋番号同町同丁目××番、木造瓦葺二階建居宅床面積延135.20m2、本造瓦葺2階建車庫床面積延59.50m2。預貯金、有価証券、諸道具等動産一切を含む)を水野勉及び養子水野桂枝(水野勉の妻)に相続させる。その共有持分は各2分の1とする。

イ  遺言執行者として水野勉を指定する。

(2)  遺言の上記土地(以下「本件土地」という)については、遺言者から水野勉及び水野桂枝に対して、昭和62年8月20日(遺言者の生前)受付第×××号を以て、同年同月18日贈与を原因として所有権一部移転登記(持分各33388分の100)が経由され、次いで平成5年3月4日(遺言者の死亡後)受付第×××号を以て、平成4年9月8日相続を原因とする水野佐平次持分全部移転登記が経由された。

(3)  また、遺産の上記建物(以下「本件建物」という)については、遺言者から水野勉及び水野桂枝に対して、昭和62年8月5日(遺言者の生前)受付第×××号を以て、同年7月7日贈与を原因として所有権移転登記(持分各2分の1)が経由された。

(4)  遺言執行者は、本件審判手続中に、次の内容の「亡水野佐平次の遺産目録」を提出した。

〈1〉  本件土地、建物

〈2〉  現金34,983,927円

〈3〉  家庭用財産、電話加入権、応接セットその他家具一式

〈4〉  債務(県市民税、○○病院、家政婦代)9,240,667円

〈5〉  退職金、退職慰労金など117,100,000円(相続税法上では遺産と見なされるが遺産かどうか問題である。)

〈6〉  葬儀費用8,011,117円(但し、「八百壱万壱千百十七万円」とあるが誤記と認める)

〈7〉  納付した相続税額28,783,000円

以上の事実を認めることができる。ところで、遺言執行者とは、遺言が効力を生じた後にその内容を実現するのに必要な事務を執行すべき者であるが、本件遺言の内容は、もともといわゆる「相続させる」旨の遺言であって、不動産の移転登記については相続人が単独で申請できるものであり、特に遺言執行者の就職を待つまでもなく、これを行うことができるものであったところ、本件土地については、すでに水野勉及び水野桂枝に対して相続を原因とする移転登記(持分各16594/33388)が経由され、本件建物については、遺言者が生前中にすでに水野勉及び水野桂枝に対して贈与を原因とする移転登記が経由されているものである。また、本件土地、建物はもともと遺言者と遺言執行者とが同居していた自宅であって、その各引渡も当然に終了しているものと認められる。したがって、本件遺言の執行は、不動産以外のその余の財産の引渡を含めてすべて終了しているものと認められる。申立人は、相続人として、遺留分減殺の請求をするために相続財産の目録の交付を受け、さらに相続財産の管理の状況を知る必要がある旨主張する。なるほど、民法1011条1項は遺言執行者が相続財産の目録を調製して、これを相続人に交付しなければならない旨規定し、同法1012条2項は、遺言執行者に同法645条(受任者の報告義務)を準用している。しかし、これらの規定はもともとすべて遺言の内容の実現を資するためのものであると認められるところ、本件の場合、本件遺言の内容から明らかなように、申立人のために本件遺言の執行をなすべきものは何もなく、本件遺言の執行自体は水野勉の遺言執行者への就職を待つまでもなく実現可能なものばかりであったといえるものである。したがって、そもそも同人が遺言執行者に就職を承諾したことすら明確ではない。仮に水野勉が遺言執行者に就職していたとしても、本件の場合、相続財産の目録を調製したり、管理状況を報告させても、遺言の内容の実現には何の意味もなさないものである。遺留分権利者である相続人が遺留分減殺をするために相続財産の全容を知る必要のあることは理解できるが、それは困難な作業であるにしても、遺留分減殺請求権を行使する相続人自身が調査して、立証すべきものである。本件遺言の趣旨と逆の立場にある申立人が、遺言の執行と関係のないことを遺言執行者に求め、これをしないからといって任務違背とすることはできないものである。

よって、本件申立は理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 大津卓也)

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